第3回 複数のストーカー

 舞台:不明
 情報発信者:不明
 トラブル発生時期:1999年前半(推定)
 相手:職場の複数の人物
 被害の理由:不明

 上のリンク先はHP<セクハラ相談室>の相談掲示板にあったストーカー被害を訴えたものです。

 リンク先に飛んで軽く目を通してもらえばわかると思いますが、普通の事案と異なるのは集団によってストーキングされていると訴えていることです。

 ストーカー概論というHPの定義を参考にした場合、<タイプA:恋愛・復讐ストーカー>に最も近いと思われます。

 ただ、<タイプA>の場合、1対1の関係から生じるのが基本的な条件だと言っていいでしょう。
 怨恨の場合、1対多という形態を取る可能性がありますが、1人で複数の人間をストーキングするのは物理的な負担があるため(もちろん、対象を変えていくことは可能ですが)、複数の人間の中のから身勝手に目標とする人物を決め、その人物に対し嫌がらせを敢行すると考えるの妥当な線だと思われます。

 今回の場合は、多対1とい形態でストーキングが行われていると訴えられてます。
 そういう意味では上記のHPの定義から<タイプD>に近いのですが、ストーキングを生業にしているわけではないので、やはり<タイプA>という結論を下すことができます。

 どうも訴えの内容を読む限り、被害者を転職させたくないというのが動機のようです。
 おそらく、職場のある人物が被害者に対して幼児的執着心を抱き、職場の同僚がその人物に荷担しているという構図が描けそうです。(まあ、被害者が職場の「秘密」を握ってしまったか、あるいは加害者(たち)が「秘密」を知られたと思い込んだかして、転職を阻止しようとしているというストーリーもないわけではありませんが)

 さて、文面から見えてこないのは職場外でのストーカーの人数です。
 職場以外では首謀者のみがストーキングを行っているのか、職場以外でも複数の人物がストーキングしているのか?

 前者であれば、それが唾棄すべき現実だとしてもメディアによって惹起された枠内に程良く収まります。
 後者の場合であれば、常軌を逸するといった紋切り型の流通を阻害しかねないものとなるでしょう。

 事の真偽は置くとして、取り敢えず、後者だった場合について考えてみたいと思います。

 後者の場合、一考すると、事実=犯罪の接点が1対1という狭い範囲内ではないので、解決が容易なように思えるでしょう。
 しかし、事はそう簡単に運ぶとは思えません。

 事態が荒唐無稽になればなるほど、「社会常識」は加害者達を擁護し始めます。
 ある事態があまりにも「社会常識」から逸脱していた場合、それが事件として認識されるのは困難になっていくからです。

 「社会常識」のなかには、悪事に対し明確なリアクションを行う第3者がいることが前提とされてます。
 もし、悪事が公然と行われていながら、それを知っている人間たちが積極的にコミットしていなくても、黙認していれば、それは「社会常識」上あってはならない、あるはずのないことになってしまいます。(理由は上記に書いた通りです)

 そして、荒唐無稽な事件は事後的に、ある重大な結果があって始めて見出されざるえないという構造を強いられることになります。

 また、1人の変質者がいるのならば、「社会常識」は納得しがたい「顔」をしながらも「首肯」するでしょう。
 しかし、複数の変質者がいることに、「社会常識」は決定的な契機がない限り、是認することはないでしょう。
 それは、「社会常識」が擾乱を扇動するためにあるわけではなく、社会の安定のためにある「制度」だからです。

 むろん、事件が終わった後であれば、いくらでもメディアは饒舌に語るでしょう。
 それは驚愕の事件といった紋切り型によって、既存の事件と同列に配されることによって、安堵と納得とを振りまくことになります。

 あるいは、メディアはこの事件は特異な事例ではなく「社会常識」が変化しつつあると危機を煽り立てながら、そこから教訓を学び取ろうと声高に叫ぶかもしれません。
 しかし、それも教訓によって「社会常識」の回復がなされたのだと納得するための儀式にすぎず、健忘症を効率よく促進させるための手段にすぎないでしょう。

 それだけではありません 
 それは複数の変質者を選ぶ代わりに、1人の精神異常者を見出すほうが「社会常識」にとっては心地良い選択となるということもありうるということです。

 
    ――以前わたしがカリフォルニア大学フラトーン校で講演をしたとき、一人の学生が現実の
    単純明快な定義をしてくれといったことがある。わたしはすこし考え、こう答えた。「現実とは
    それを信じるのをやめときもなくなってしまわないものだ」―― 
                                         (『ヴァリス』 F・K・ディック)

 

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